「ふぉあひぁふぉっお、あんぐあぅふふぇんぁふぉーあふっへ」
「……斗々丸、サンドイッチを食べ終わってから話そう」
昼休み、ざわつく教室でひなこと斗々丸は向かい合って昼食をとる。
というより、お弁当を食べているひなこに斗々丸がサンドイッチを食べながら一方的に話しかけていた。
「んぐ、ごく……。わりーわりー。食ってる時に思いついたから、つい」
サンドイッチを牛乳で流し込み、斗々丸は笑顔を見せる。
ひなこと斗々丸は、いつの間にか一緒に昼食を食べるのが恒例になっていた。
サンドイッチを食べながらの言葉は一つも聞き取れなかったので、ひなこは改めて尋ねる。
「思いついたって、何を?」
「ひかるはもっとヤンキーらしく箔をつけるべきだって言ったんだよ」
「ハク……」
ひかると呼ばれたひなこが考えこむと、今度は横から声がする。
「そうだな、ひかるには気迫が足りない」
藤組の金春だった。金春とは先日の一件以来、斗々丸のコミュニケーション能力の高さもあってだいぶ打ち解けてきていた。
とはいえ金春のほうからひなこと斗々丸のいる菫組に来るのは珍しい。
「金春くん。どうしたの、わざわざうちのクラスに来るなんて」
「悪いか」
「悪いわけねぇだろ! ここ座れよ、コンパル」
斗々丸が引き寄せた椅子に金春が座り、三人で机を囲む。
そしてノート一冊しか持っていない金春を見てひなこが訊いた。
「金春くんはもうお昼食べたの?」
「…………弁当を忘れた」
ぼそりと金春が返すと、斗々丸が哀れみの目を向ける。
「マジかよ。そんで飯もらいにきたのかよ可哀想な奴だなー」
「違う! お前が人の席にノートを忘れていったから持って来たんだ!」
バシ、と斗々丸の頭にノートが叩き付けられる。確かにそこには箕輪斗々丸と書いてあり、意外に真面目な彼のノートに間違いない。
叩かれたことなどまったく気にしない様子で、斗々丸はそのノートを受け取った。
「お、探してたんだよ。さんきゅー! しゃーねぇ、礼にこれをやろう」
そうしてサンドイッチの他に二つ持っていたパンのうち、一つを金春に押し付ける。礼にと言われると断れないようで、金春は戸惑いながらもそれを受け取った。
「……じゃあ、もらっておく」
「ふぁむ、ふぁひあむむふひぇよ」
「食べながら喋るな」
ひなことまったく同じツッコミを金春にされながら、斗々丸はサンドイッチを完食する。そして再び牛乳に手をかけたところで、金春に視線を送った。
「コンパル、牛乳もいるか? 背ぇのびるかもしんねぇぞ」
「うるさい」
二人のやりとりを眺めていたひなこは苦笑する。
周りと比べれば小さめな金春の背丈を、気遣っているのかイジっているのか。
それでも斗々丸からもらったパンを黙々と食べる金春を見る限りには、仲がいいからこそなのだろう。
「金春くん、そのパンだけじゃお腹減るでしょ。唐揚げ食べる?」
そう言いながらひなこが唐揚げを箸で持ち上げると、金春は眉根を寄せて箸を凝視した。
「……ありがたいが、お前の箸から食えと」
「あ」
さながら『あーん』の状態になっていることに気付き、ひなこは持ち上げた箸の行き場に困る。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
どうしたものかと箸を引っ込めようとすると、横から斗々丸が口を出す。
「よしわかった、オレが食う」
「わかった、じゃない。恥ずかしくないのかお前は」
「でもよ、男同士だし……」
「どっちにしろ恥ずかしいだろ」
ひなこは男ではないが、斗々丸と金春は知らないことなので仕方がない。同性同士でも女の子なら気にしないと思うけれど、男の子は不思議だなとひなこは内心考える。
その間も斗々丸と金春のやり取りは続く。
「それでも食欲が勝ったんだよ! 唐揚げすげぇうまそうじゃねぇか」
「確かに」
「っつーわけでコンパルが食わねぇならオレにくれよ、ひかる」
「待て、食わないとは言ってないだろ」
いつの間にか斗々丸と金春の間で小さな争いになっていた。さすがにこの状況で、どちらか一人だけに唐揚げをあげるのはしのびない。
「じゃあフタに置いておくから二人とも食べて」
そう言って弁当のフタに唐揚げを二個置くと、二人は猛禽類のような速さで捕食する。
そして咀嚼し呑み込むなり、感動したように声を上げた。
「うめぇ、マジでうめぇ!!」
「冷めてるのにうまい……!」
二人の大げさな反応が可笑しいが、この唐揚げの美味しさはひなこもよく分かっていた。料理の上手い坂口のお手製だからだ。
「喜んでもらえてよかった」
嬉しそうに笑うひなこに反し、斗々丸と金春のテンションは一気に下がる。
「……うますぎて、ますます腹減ってきた」
「それな」
思いもしない理由だった。金春はともかく、斗々丸はベーコンと卵が挟まったボリュームたっぷりのサンドイッチを食べたばかりだというのに。
「じゃあ好きなおかず食べていいよ。まだたくさんあるから」
ひなこが弁当箱を差し出すと、なぜか斗々丸が頭を抱える。
そして急にビシッとひなこを指差したのだった。
「それ! それだよ! コンパルの腹ぺこアピールのせいで忘れそうになってたけど、それ!!」
「あぁ?」
横で金春が鋭い目線を送っているが、完全にスルーをして斗々丸は続けた。
「おかず食べていいよとかんな甘いことばっか言ってっから舐められんだよ! ガンガンメンチとタンカ切ってくくらいじゃねぇと生き残れねぇぞ!!」
「ええぇ……おかずぐらい食べなくても死なないよ」
「そうじゃねえぇぇよ!」
斗々丸の剣幕にひなこは引きぎみだが、金春もその言い分は理解できるようで深く頷いた。
「気遣いはお前の長所かもしれないが、周囲がつけあがる可能性もある。一年トップとして毅然とするべきだ」
「メンチ切れねぇならせめて見た目をどうにかしようぜ。昔懐かしのリーゼントとかにすりゃきっと誰も寄って来ねぇぜ?」
「確かに誰も寄って来ないとは思う」
ご丁寧にスマートフォンで写真まで見せてくれるのでひなこもリーゼントがどういうものかは分かったが、その髪型をする気にはなれない。
「見た目は……どうしようもないと思うよ」
困ったように薄く笑うと、斗々丸も金春もどうしたものかと考え込む。
「メリケンを標準装備するとか」
「仮にもトップが武器を使うのはないだろ」
「頬に傷を描いてみるとか」
「怪我したのかって訊かれて終わりな気がするな」
「だあああ! オマエも考えろよコンパル!!」
「考えてる。考えてるが――」
ひとしきり斗々丸にツッコミを入れうーんと唸ったあと、金春はひなこを見据えて言った。
「とりあえず挨拶代わりにメンチ切る練習くらいはしたほうがいい」
「挨拶代わりに、メンチを切る」
思わずオウム返しになるくらいには衝撃的な発言だった。ひなこにとっては。
ぽかんとしているひなこを見て、さらに金春は畳みかける。
「そうだ。もっと気迫で攻めていけ」
その時だった。ふと気付いたのか、斗々丸が真面目な顔で指摘する。
「コンパル、一応言っとくが……箔をつけるって『迫力をつける』って意味じゃねぇからな?」
「…………」
黙ってしまった。意外と勉強のできる斗々丸と、意外と勉強のできない金春がじっと見つめ合い、そして金春が先に目をそらす。
「――わかってる」
「いやわかってなかっただろその反応!」
「ま、まぁいいじゃないどっちでも……とりあえず、メンチを切ればいいんだよね!」
フォローしようとひなこが割って入り、軽く上目遣いに睨んでみせる。
が、斗々丸も金春も微妙な表情だった。
「そういう可愛いのじゃねぇよ」
「とりあえず上目遣いはやめだ。女にしか見えない」
その反応を見て、ひなこは悲しんだらいいのか喜んだらいいのかわからなくなる。
メンチ切りから始まったヤンキー講座は、そんな調子でまだまだ続くのだった。